「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

気が付いた!


俺、気が付いたヨ!
ブログ移行するかどうしようか迷ってて、でもKがつかないんだよなーなんてほざいていたのは過去の俺だヨ!


結論:看板掛け替えればいい


ソウダネ、そうなんだね。
特になんてこたぁないタイトルなんだから、掛け替えればいいんだよね。
というわけで、数日中に移行しますヨ。
過去2〜3ヶ月分はコピペもしますよ。



ところで。
先日、自転車がパンクしました。
通勤に使ってるのでとっとと直したいところです。
幸い、その日は仕事の上がりも早く、18時頃には自宅近辺にたどり着いていて、あともうちょっとというところでパンクしたので、そのまま近所の自転車屋さんに行くことにしました。


そう。自宅マンションから徒歩数分のところに、古い自転車屋さんが1軒あるのです。
が、その自転車屋さんの店構えと言ったら。
まず、建物自体は木造モルタルの古くて小さな一軒家。築何十年なのか見当もつかないような、平屋のおうちです。
天井高が随分低いことを考えると、かなり古い家でしょう。
店先には、木枠の硝子戸が嵌ってはいますが、建て付けも悪そうです。


ビニールのひさしは破れ放題。かろうじて、自転車の文字が読み取れるくらいで、そこがなんという店の名前なのかはわかりません。
歩道には、工具や部品、古い自転車が溢れ、そこはどう見ても敷地じゃないだろうと思えるところにまで、使えるのか使えないのかわからないものが山になっています。
もちろん、バイクや自転車は売っていません。
けれど、歩道に溢れているのは全て自転車の部品や、専用の工具なのです。
修理専門でしょうか。


そんな店に、けれど私は1度行ったことがあります。
その時もパンクして。
直してくれたのは、お店より年季が入っているだろうと思えるお爺さんです。
ものすごく若く見積もっても、70は絶対に越えている、90と言われても驚きません。
歩幅は10センチほど。しかも、足は上がってません。すり足です。
動きもものすごく危うく、指先は震え、自転車の横にしゃがみ込むのでさえ大変な労力のようです。
でも、自転車を直す時だけはあまり震えていませんでした。
職人の誇りでしょうか。
ゆっくりゆっくりと、そして無言で、お爺さんはその時パンクを直してくれました。
無愛想だけれど、「お幾らですか」と聞いた時には、歯もかなり少なくなっているであろう小さく縮んだ顔を更にくしゃっと小さくして、はにかみながら「……はっぴゃくえん…」と言ってくれました。


それが3年ほど前の出来事です。
そして、またこのパンクを直してもらいたいのですが……あのお爺さんはまだご存命でしょうか……?


パンクした自転車を引きずりながら、その自転車屋さんに行ってみると……。


いました。


しかも先客もありました。
マウンテンバイクのブレーキがどうのと言っている若い女の子。
お爺さんは無口で、けれどしっかりと修理をしたようです。
「お幾らですか」と財布を出す女の子にはにかみながら「……せんえん」と告げています。


そしてまた私のパンクを直してくれました。
私のパンクを直している最中に、近所のおばちゃんのような人が通りかかります。
「○○さーん、こんにちはー。ね、この自転車ね、タイヤ取り替えるのって幾ら? タイヤ持ってきたら取り替えてくれる?」
「……」
「あ、後輪と前輪で値段違うのよね? 幾らだっけ」
「……前が、○○○えん……うしろ……○○○えん……」
「あらー、そんなんでいいの? だめよー。もっととらなきゃー(笑)」
「……はは…(笑)」


スローモーな動きと反応の割には、修理の腕だけは的確なお爺さん。
私のパンクを直しながら、ふと世間話をしてみる気になったのでしょうか。
「…………今日、涼しいね」
「涼しいっていうか、今日はちょっと寒いくらいですよねー。もう夏なのにー」
「……うん。……ああ……雨、ふってきた……」
「朝から天気悪かったですもんねー」
雨が降り始めたのは30分も前です。おじいちゃん、しっかり!
そして修理を終えて、「お幾らですかー」と聞くと、またはにかみながら「……はっぴゃくえん……」と言うのです。
お幾ら?と聞かないと、いつまで経っても請求してくれなさそうなお爺さん。


でもこれ……どうなんだろう。
いや、どうって、あのお爺さんとあのお店。
新しい自転車は売ってなくて(もちろん中古もまともな形の自転車は置いていない)、昨今の自転車屋さんのようなスポーティーなタイプやレースタイプのものとは縁のなさそうなお店。
ママチャリもしくは、シティサイクル、マウンテンバイクくらいまでの修理専門。
それも、原価と手間賃ちょっとしかとってないような値段。
そして、家で茶を啜るにも時間のかかりそうなお爺さんがひっそりとやっていて、あれで経営は成り立っているんだろうか。


そこでいろいろ考えてしまうんですよ。
いや、ひょっとしたら、彼はもう隠居してもいい身で、生活手段は別にあるけれど、道楽として、そして職人の誇りとして地道に修理を続けているのかもしれない。
もしくは、逆に、あれが彼の唯一の生きる手段で、年金の受給額が低いために、ちまちまと修理をして小遣いかせぎをしなければ生活もぎりぎりなんだろうか。
でも、一応、都心に近い場所にどうやら家はあるようだし、だとしたら地主の道楽だろうか。
いやいや、でも土地が彼のものとは限らない。


答えの出ない堂々巡り。
あのお店とあのお爺さんを見るたびに考えてしまいます。
……でも、見るたびに、わりとお客さんいるんだよね。
スローモーなお爺さんを、歩道に座ってにこやかに待ってる若い男の子(結構今風のオサレ系若者・生意気盛り)を見た時にはびっくりした。
あの店構えで、それでも客が来るとは、あのお爺さんの放つオーラは侮れないのかもしれない(←自分も行ったくせに)。


長生きしてね。