「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

甘い囁き。

背徳的な、堕落した甘美な囁き。
それは悪口。


会社のライター仲間のうち、私を含めた4人ほどが読書傾向が少し似ているのです。
この「少し」というのが大事で、まるきり重なってしまっては、人の話を聞いて新鮮に思う楽しみがありません。
かといって、まるきりズレてしまっては、なかなか話も盛り上がりません。
その4人が4人とも、たまたま喫煙者です。
となれば、盛り上がるのはもちろん会社の喫煙室。


「○○読んだ?」
「あー。それ読んでないなぁ。でもその人の前作は読んだ」
「その人って、▲▲書いた人でしょ? 映画化されたよね」
「あの映画今ひとつですよ。原作のほうがずっといい」
ってな話を日々繰り広げています。


さすがに職業柄、読書を嗜む人は多く、気に入れば読み込む人もいるので、時にはマニアックな話題も展開されます。
そんな中、我々の定番となった作家がいます。
それは、褒め称えるとか紹介しあうといった「定番」ではなく。


「それにつけても、●●●・●●はさー」


といった、悪口の類。
4人が揃って好まない作家が1人いるのです。しかも何故かその人はそこそこ売れている。
新作も結構出すので、書店では平積みになり、ネットでの評判も悪くありません。
が、4人はそれを好まないのです。
好まないどころか、「下手だ」と言い切っています。


「あの人、タイトルだけはうまいから。タイトル買いして騙される定番だよね」
「あの人は伏線の意味をわかっているんだろうか? 片付けない伏線に存在意義はないよね」
「でも展開はうまいですよ。盛り上げてはくれますね。盛り上げっぱなしでどこか行っちゃうけど」
「タイトルと煽りだけでいいなら、作家じゃなくてコピーライターでしょう。キャッチコピーだけ書いてればいいのに」
「あの人きっと、途中まで書いて飽きちゃうんだろうなー。それで風呂敷畳めないタイプ」
「同人誌的ですよね。それも女子中学生が書く二次創作系」


ヒドイ扱いです。仮にもプロの(それもそこそこ売れている)作家に対して。


さて。喫煙室というのは、会社に1つしかないので、社内の喫煙者はみんなそこに集います。
ただ、煙草を吸う時間というのはせいぜい数分。大抵は3〜4人ずつが入れ替わり立ち替わり……ということに。
なので、喫煙室でたまに見かける顔で、「おつかれさまでーす」と挨拶はしても、それがどこの部所のなんという名前の方なのかはさっぱりわかりません。営業さんなら接点もあるので顔と名前は知っているのですが、編集さんや総務、庶務、システムの方だと接点もないので。


先日、そんな「名前も部所も知らないけど、喫煙室で顔は知っている人」と喫煙室で一緒になりました。天気のひどい日だったので、なんとなく天気の話に。
そこから、ふとその方が言い出しました。
「そういえば、時々ここで、ライターさんたちで読書の話してるでしょう?」
「ええ。ライター仲間の、『辛口批評読書サークル』です(笑)」
「そうそう、それでこないだ●●●・●●の話してらっしゃったのを隅っこで聞いてて」
「あ。それは……悪口ですね?」
「もう、それに私、混ざりたくて混ざりたくて!(笑)」
「え。……ということは、タイトルで騙されたクチですか?」
「そうなんですよ! こないだうっかりタイトル買いしてすっごいもやもや感が残って、なにこの作家!とか思ったんだけど、売れてるようだし、悪い評価ってあまり聞かないし……私が合わないだけなのかなーって。でもここで、『まさにそう!』っていう辛口批評聞いて、すっきりしたんです!」


「今度ぜひ混ざってくださいよ(笑)。……あ、そういえば私、お名前存じ上げなくて……ライターの松川です」
「あ、松川さんですね。総務の○○です。今度混ぜてくださいね」
そうして互いに、首から提げたIDカードを見せ合う2人。


読書サークルに仲間が増えました。
……悪口は人を惹きつける。