「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

スヴァラスィ!

『最悪』(奥田英朗

前回の読書日記で書いた『ウランバーナの森』が彼のデビュー作で、『最悪』は2作め。本日、これを読み終えたんですが、素晴らしいです。独特の、テンポの良い文章はもうここから片鱗が見えていて、そしてこの作品に関しては、話の流れが素晴らしい。
急な坂を駆け下りるようなストーリーです。最初はゆっくりと確実に、けれど進むごとに増していく加速度を止めようがなくて、今立ち止まればかえって大けがをするんじゃないかと思われて、こうなったらバランスを崩さずに最後まで走りきったほうがいいのか、かといってそれじゃあ坂を終えた時にはどうやって立ち止まるんだ、みたいな。そんな気分にさせられる作品です。
文庫の帯や解説には「犯罪小説」と書いてありますが、犯罪小説だと思って読むと意外性があるかも。ただこれは、個々人が持っている犯罪小説へのイメージの問題もあるので、言及はしないでおきましょう。
それにしても、これがデビューした後の2作目かと思うと、鳥肌が立つ思いです。
ここに書く感想はあくまで私見で、私の好みに左右されますが、これは間違いなく傑作。だと思う。


ネタバレしない程度に書いてみると。
地味で堅実に、ほそぼそと町工場の経営をしている中年男性と、妹の素行不良に悩まされながら銀行勤めをしている生真面目な若い女性、家庭に恵まれず、中途半端な生き方を続けている若い男性の3人の、それぞれの思いが細部まで描かれます。
各人の生活の中での、些細なトラブル。それらへの対応は、突飛なものではなく、自分が彼(彼女)の立場ならそう対応せざるを得ないかもしれないなと思わせるような、ありふれた、でもちょっとばかり運の悪いトラブル。けれど、指先に出来たささくれが、小さな傷なのに存外に痛いような、それをどうにかしようとすると、予想外に大きな傷になったり、その傷が化膿したりするような。出来るだけ分相応に処しようとしていたはずなのに、ちょっとした冒険心で踏み出した一歩が、急な下り坂へ続いているような。そんなオハナシです。


明日の記憶』(荻原浩

映画にもなりましたね。若年性アルツハイマーの人を主人公に据えた物語。患者である主人公の一人称で語られているので、どうしても周囲の想いを描ききれないのが残念なところ。映画の後の、実際に同じ病気と闘う患者やその周囲の人々からは、あまりにキレイゴト過ぎるという意見もあったようです。そんな意見を雑誌やネットで拾い読みしたせいか、確かにそうだと思ってしまいました。
ただ、これは「最近もの忘れが多いナー」なんて思ってる人には、とっても怖い話です。統計的に、何万人に一人だろうと何十、何百万人に一人だろうと、自分に来るときは来るんですから。自分がそれに襲われなくても、身近な人がその病と闘うことになるかもしれないと思うと、本当に怖い話です。
早く医学が進歩すればいいのにと、この手の作品を読むといつも思う。