「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

手を繋いでゴールする世代?

ウサギが寂しいと死んじゃうというのは必ずしも正確ではないようです。種類にもよるようですが、ウサギは他のペットと比べて、特に孤独に弱い性質ではなく、むしろ構われ過ぎて死んじゃうこともあるんだとか。
ただ、ある世代の人たちは、優しくされないと死んじゃうみたいです。
果たしてこれが、世代特有のものなのか、たまたまそこに似たような手合いが集まったのかは不明ですが。


(長文なので隠しておく)



ここでちらほらとネタにもしていますが、うちの営業さんたちはちょっとアレです。
ここに書いていることが、毎日の出来事の中ではほんの一部でしかなく、日々、常識のボーダーラインや日本の学校教育・家庭教育の在り方を自分に問いかけることになるくらい……と言えば多少は想像してもらえるでしょうか。
とはいえ、わたくし、見かけによらず(←?)ハードでシャープなスラッシュトークを嗜みます。そうでなくとも、過去の職場で部下をまとめる立場だったこともあるので、目に余るなということがあればそれを率直に告げる性質です。


最初はまず柔らかめに、表立たないように直接本人に。
「ここ、こういう風にしてくれると有り難いんですけど」
「先方に、こんな感じで伝えておいていただければスムーズかと思います」
効き目がなかったので、もうちょっとストレートな表現で。
「できれば、こういう風にしてください」
「(軽く困ったねという風に)先方、怒っちゃってるみたいですけど……どうします?」
「……校了日、知ってる?」
打てども響かず。
なので、次にはオーソドックスに手順を踏んで、我々と営業さんたちの間に入る部署の人に、口頭orメールで経緯と事実を告げ、対処を請うたりも。
それも成果は上がらなかったので、マネージャーを経由させたりも。


やり尽くしても改善は見られず、やはり営業は、受注したことだけは一応確かな(それが曖昧なこともある)書類を我々のところに届け、我々はそれを信じて原稿を作ります。ただ、事実関係やアピールポイントが不確かな書類だけでは薄ぼんやりとした原稿しか作れず、あまつさえ宿泊情報なのに料金が一切未定だったり、飲食店情報なのにメニューが決まっていなかったりする書類に至っては、原稿を作ることすらままならず。
それでもようやく原稿を作って先方に送り、不明点などを質問してみようと電話をすると、先方に怒られる。
曰く、「ちっとも取材に来ないくせに、『原稿できました、どうですか?』って言われても困るんだけど」と。
ごもっともです。申し訳ありません。
営業を信じることが、我々の前提となっているので、我々にそう言われても仕方のないところなんですが、社内事情を先方にぶつけても仕方ないので、こちらとしては平謝りに謝るしかありません。
そういうことが日常茶飯事で、先方をひどく怒らせたり、一から十まで我々が電話やFAX、メールのやりとりで聞き取りをして原稿を作ったり……ということがあっても、営業さんからは「ごめんなさい」の一言もありません(ある人もいる。けど、ごめんなさいを言える人はそもそもそこまでの事態にならない)。


……と、ここまでが前置き。
そういう状況で、喫煙室でライターが顔を合わせれば、愚痴の1つも出なきゃ嘘ってもんですよ。それも別に、「アイツあほだ。使えねぇ」とまでは言ってない(言いたいケド)。
「○○ホテルの人、超怒ってるっぽい。アタシ担当じゃないけど。ヤバそうだよー」とか、「取材きてないってオコラレタ」「電話でこうしてねって話した5分後に、さっきの電話のご用事なぁに?って黒山羊さんがいた」とか、そういったこと。
校了日前日に営業さんに質問電話して、「それっていつまでですか?」とか聞き返されたらそりゃ、「アノヒト校了日知らないの!?」くらいは言うけどね。


ただ、我々がそうやって喫煙室で話していることが、営業さんに漏れ伝わったようです。我々も個人名を出して話しているわけじゃないので、誰それが悪い的な流れにはならなかったようですが、逆に、思いも寄らぬ流れになりました。
先に言った、我々と営業さんの間に入る部署の人が、何をどう言っていいのかわからないような顔で口ごもりながら喫煙メンバーに通達したのは、
「喫煙室での話題が、営業さんたちの一部にストレスというかプレッシャーを与えているようなので、控えめにして欲しい」
とのこと。
……はぃ?
「……つまり、個人名が特定されていないことで、『俺のこと言われてるんじゃないか』『あたしのことかも』なんていう気持ちになって、ぇーとですね……ストレスになる、と……」
なんという打たれ弱さ。


とすると、営業さんたちは、自分の仕事の不出来によって迷惑をかけた人間に対して、「文句言わないでよ。僕たち優しくされないと死んじゃうんだから」って言ってるのか。
利害の絡まない人間に対して「関係ないんだから文句言わないでよ」と言うのならまだわかる。だが、我々は現に迷惑を蒙っている。営業さんが指示したことを指示されたままに書いて原稿を送ったら、先方がそれを見て「こんな間違った情報書きやがって」と激怒することだって珍しくない。それを「申し訳ございません」を繰り返しながら、正しい情報をなんとか聞きだして校了日に間に合わせている。それに対して一言の謝罪も感謝もないのに、「文句言わないでよ。ストレスになるから」って言ってるのか。


確かに、喫煙室という、他の人間の耳があるかもしれない場所で営業批判をした我々にも責はある。が、そもそもその原因は、自分たちのすっとこどっこいな仕事ぶりだろう。
「文句言われた」とか「悪口言われてる」というのなら、「言われないようにがんばる!」んじゃないのか。そこで選ぶ結論が、「文句を言わないようにしてもらう」なのか。
直接に害を被る我々が文句を言わなければ、彼らはいつどこで思い知るんだ。
「傷つくからやめて★」なんてどの口がほざくんだろう。傷ついても傷ついても、頑張って踏みとどまって立ち上がった子にだけ、カミサマはゴホウビくれるのに。頑張らない子にはサンタさんだって何もくれない。
傷つくのが嫌なのは誰しも同じで、だからこそ人は頑張るんだと思うのに。傷つかないように頑張るんじゃなくて、傷つけないように頑張ってもらう、という結論に達するのはあまりに他力本願に過ぎるんじゃないだろうか。
そこは仲良しサークルではなく、会社なんだから、嫌なことだってあるし、悪口だって言われるし、理不尽な思いだってする。自分に優しい人ばかりがいる集団じゃない。原因と対処がわかっている分だけ、我々の営業批判はまだ理不尽ではないとさえ思う。


出来不出来をあげつらわず、出来なかった子を傷つけないように、そんな行きすぎた平等主義の結果がこれなのかと思った。
それが学生社会ならそれでもいい。けれど、そこは会社で、彼らは社員だ。曲がりなりにも一か月食べていける分だけの給料を貰って、仕事ぶりに対する苦情は「言われたら心折れるから言わないで欲しい」じゃ、ぼったくりも甚だしい。
傷を付けずに優しく優しく扱って、本人たちは自分のどこが悪いのか、そもそも自分が悪いのか否かすらわからないまま、同僚と手を携えてゆっくりと走ろうとしている。
数年後には、その全員が手を繋いだままチームリーダーになり、更に数年後には全員が手を繋いだままマネージャーになれると思っているんだろうか。


何事にも行きすぎというものはあって、もちろんそれは、競争社会にも言えることだと思う。競争だけに終始するのではあまりにぎすぎすとしすぎる。けれど、最後まで平等主義でいけるものだと思っている人は、その認識が甘いと言わざるを得ない。
私だって、これが私の利害に絡まないのなら、「あらあらしょうがないわねぇ」なんて寛容な気持ちで生温く見守っても構わない。けれど私の立場で彼らのそれを許してしまっては、それは寛容ではなくただの阿呆だ。



……と、通達より数日経ってもやはり彼らの言い分が納得し難く、こうしてアウトプットしてしまったわけですが。
理解し難いのは、それが1人の言い分じゃないという事実。数人の営業が徒党を組んで言っているらしいこと。チームリーダーはその発言を聞いてくだらないと思わなかったんだろうか。ひょっとして、そういう若い世代は優しく接して傷つけないように、どんなに被害を受けても黙って呑み込んで許してあげるのが世間の常識になっているんだろうか。
首を傾げつつも、私としては、営業批判は続けたいと思っています。
だって、今までどんな言い方をしても伝わらず、打てども響かなかった人々から、理解し難いものとは言え反応らしきものがあったのだから。
言われて営業が傷つくのは当たり前ですよ。だって駄目出ししてるんだから。だってそれじゃ駄目なんだから。


通達した人からは、困ったように言い添えられました。
「みなさんの評価もさがっちゃいますよ? 評判というか……こわがられるというか……」
契約社員ですらないのに何が評価ですか。
ていうか、今まで私のことがこわくなかったのか、彼らは。
……危険感知にも欠けているのね。ふふ(謎)。