「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

今月のセレクト。

とかいうタイトルにすると、まるで毎月書いているかのようでいいよね。しかも、「今月セレクトした」という意味合いにおいては間違いではないし。
こんなだらけた私でも、仕事で書く文章はどちらかというとソリッドだというウワサです。ほんとほんとコレほんと。


『優しい音楽』(瀬尾まいこ
駅でいきなり声をかけられて関係が始まる奇妙なカップルの話とか、不倫相手の男に正妻との間の子供を預けられてしまう女の話とか、妙なものを拾ってきてしまう癖のある女と同棲している男の話とか。
なんかそんな感じの短編集です。こう、うまく言い表せないけど、微笑を呼び起こすような和み系。「うん、がんばろう」って頷けるような。
これの解説で語られていることだけれど、確かにこの作家さんは書き出しが上手い。狙って繰り出してる感はもちろんあるんだけど、それが鼻につかないし、「くそ、狙ってるな」と思っても続きが気になる。
こぢんまりとまとまり過ぎている感もあるけれど、ひとときの和みを求めるならいいかもしれない。


ミノタウロス』(佐藤亜紀
「嵐のような賞賛を巻き起こしたピカレスクロマンの傑作」と文庫裏に書かれてました。この人は、『バルタザールの遍歴』でファンタジーノベル大賞をとった人で、その受賞作を読んで私は結構な衝撃を受けたのですが、何故かそれ以降の作品を読む機会がありませんでした。
それにしても、この人のこの緻密さと豊富な知識、(正しい意味での)確信犯めいた思い切った筆致は何だろう。デビュー作を読んで感じたものが、時を経てそのままグレードアップしているみたいだ。
さらりと読めるたった数行にどれだけのものが込められているのかを思うとどきどきする。けれど私はこの作家がこの作品を書いているところを見たわけでもないし、直接彼にインタビューしたわけでもないので、ひょっとしたらその数行は本当にさらりと書いているのかもしれないけれど。それはそれでどきどきする。違う意味で。いや、同じ意味かもしれない。骨太だと感じる作品だった。
ロシア革命とかウクライナ内戦についてもっと知識があればもっと楽しめたのかもしれない。

この本は解説(文芸批評家・岡和田晃氏)も秀逸。というか、本当に「解説」たる解説だった。時代背景や、神話、寓意性、本作の登場人物たちの分析などなど。文芸批評家という肩書きをもって、おそろしく面白くない、そして作品を台無しにする解説を読んだこともあるので、コノヒトスゴイと素直に感じた。


『失われた町』(三崎亜記
30年ごとに起きる「町の消滅」に関わる人々の物語。町の消滅って何?とか、失われた人を悲しんではいけないとか、「失われた」は「喪われた」ではないの?とか、そういうことにおろおろしながら、その「おろおろ」を楽しめる本。個人的には面白かったけれど、評価は分かれるところかもしれない。ネット書評はうろついてないのでわからないけれど。
この作家さんの作品を読むのは、『となり町戦争』以来。結構な厚みがあるのについついページが進むのは、淡々とした語り口でスムーズに読めるのと、先を知りたいという気持ちにさせられるせいだろう。
アキつながりというわけじゃないけれど、先の『ミノタウロス』と同日に買った本。ノンフィクションかと見まごうほどの『ミノタウロス』と比較すると、ともすればライトノベルで扱われそうな題材で明らかにフィクションの本作。ここでライトノベルのジャンル定義とかその是非は問わないけれど、これはこれでありだなと思いました。骨太感はもちろん無いけれど、その分しなやかで肌触りの良いものに仕上がっているのかと。


プラネタリウムのふたご』(いしいしんじ
日本語がきれいです。それも、隙のないカッチカチの四角四面な日本語というのではなく、日本人に通じる日本語として、あちこちにゆるみを持たせて、そのゆるみを心地よく感じさせるという意味合いできれいです。
私は語学に堪能ではなくて、英語すらまともにはできませんが、この作品で使われている文章のニュアンスを正しく翻訳するのはとてもムズカシイだろうなと思いました。
どうもこの手の作品が好きなのかな、似た雰囲気を感じたことがあるなと思って、よくよく考えてみると、この作品のベースにある空気は、私の好きなブラッドベリに近いものがあるような気がします。
プラネタリウムにいる「泣き男」、しじゅう煙を吐き出して曇天を作り続けるおむつ工場、「まっくろくておおきなもの」がいる山、魔術師一座の興業、近眼の馬。そんなブラッドベリ的舞台で、日本人に通じる日本語で紡がれる物語は(もちろんブラッドベリとは違っていてそこにSF的要素はないんだけれど)、なんだか「ああ、物語を読んだなぁ」という気にさせられました。


幸福な食卓』(瀬尾まいこ
『優しい音楽』が気に入ったので今日買ってきた。そうしたら今日読み終わってしまった。やっぱり少しこぢんまりとした感は拭えない。拭えないけれど、これはこれで、この人の持ち味なんだと思う。激しいものはないけれど、そこに穏やかで優しいものは確かにあると思うので。大絶賛はしないけれど、この先、この人の本は何冊か買いそうな気がする。
そしてやっぱり、この作品も書き出しが秀逸。