「それでも今日は好い日だ」

猫と裁縫と日常の雑記。

いろんな手続きがある。


今日は区役所やら郵便局(最寄りのではなく地域を統括する大きめの郵便局)やらをまわってきました。
区役所を出ようとした際、玄関傍に喫煙コーナーがあったので、一服していくかと中へ入りました。
中には、先客が一人いました。オジサンです。
煙草をくわえてポケットをぱたぱた探っているオジサンの横で、私は煙草に火を付け、オジサンもひょっとしてライター探してるのかなと声をかけようとしたところ、
「火、いいかい?」
と声をかけられました。


私が使っているライターは銀のジッポです。まぁメンテをさぼって100円ライターで済ませることも多いですが、今日はジッポの日でした。
オジサンは、「お、オイルライターだね」と言って、私のライターを見せてほしいような素振りをします。
「ジッポですよ」と差し出すと、「おぉ、ジッポだね。オイルはいいよね、やっぱりね」なんて。


ただ、そのオジサン、少々危うげなところがあります。
というのも、非常に言葉が聞き取りにくいのです。声が小さいとか滑舌が悪いというよりも、発音そのものに問題がありそうな。ひょっとしたら耳にも障害があるのかもしれない、そんなしゃべり方でした。
オイルライターという単語を聞き取るのにも、3度ほど聞き返してしまいました。
そして、精神的にも不安定なのか、そのオジサンはとめどなく喋るのです。3秒以上は決して黙らない。
そう言えば、私が喫煙室に入る直前にもオジサンの声は聞こえていたような気がします。


そういった方々と狭い空間で一緒に過ごすと人は不安になるものです。
精神的に不安定な方々というのは、えてして自分だけの世界に浸りがちだから、話題や論理が我々に理解し難いこともしばしば。
理解し難い論理で展開される唐突な会話に人は不安を覚えるのでしょう。


が、そのオジサンは不思議と私を不安にはさせませんでした。
オジサンの言葉はとても聞き取りにくく、なおかつそれでもオジサンは早口で滔々と喋り続けるので、聞き返すこともままならず、時折単語を拾うだけしか出来ませんでしたが、オイルライターの話から、いつのまにか区役所の対応の話になっていたようです。
身分証明が……でも自分は運転免許証を持っている……1時間2時間と待たされて……まぁでもしょうがないよ……結局、書類が全てで……それも当然なんだけど……
オジサンには、チックの症状もかいま見られましたが、でも私を睨み付けるでもなく不自然なほど見つめるでもなく、逆に不自然に目を逸らすでもなく、ただ聞き取りにくい言葉で延々と喋っていました。


数分間、そのオジサンとともに喫煙時間を過ごし、私は地下鉄駅に向かいましたが、あのオジサンの言うことを全て聞き取れていたとしたら、ちょっと面白い時間だったんじゃないかなぁと思います。
自分だけの世界のことを喋られると困りますが、オジサンは目の前に私がいることをわかっていて、区役所の対応に関する愚痴をちょっとこぼしていただけです。
時折、単語を聞き取れて、「ですよねー」なんて相槌をいれてみると、オジサンもうんうんと頷いてまた聞き取りにくい言葉で喋りを再開するのです。つまり、彼の世界にちゃんと私がいたんです。


まぁ、私が喫煙室を出た後も一人でずーーっと喋っていたので、なんらかの障害を持っていることは確かだと思うんですが、相手を人間として認識できている人なんだなとわかると、一緒にいても不安感は少ないのだなと思ったひとときでした。
うーん、あのオジサンの言葉は聞き取ってみたかった。


ミズ・マジデェーのほうがよほど、自分だけの世界の住人だ。